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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)85861号 判決

本訴原告、反訴被告(以下「原告」と言う。) 堤啓治

右訴訟代理人弁護士 白井正實

本訴被告、反訴原告(以下「被告」と言う。) 三井物産株式会社

右代表者代表取締役 水民護郎

右訴訟代理人弁護士 入江正信

同 坂本秀文

同 竹内隆夫

同 吉川哲朗

同 千森秀郎

主文

一  被告は、別紙物件目録記載の土地について和歌山地方法務局昭和五七年六月一八日受付第二一四〇四号根抵当権設定登記を錯誤を原因として債権の範囲を保証取引とする更正登記手続きをせよ。

二  原告のその余の本訴請求をいずれも棄却する。

三  原告は、被告に対し、一億三二〇〇万円、及びこれに対する昭和五八年一二月一〇日から支払いまで年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて、原告の負担とする。

五  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴請求)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、別紙約束手形目録記載の約束手形を引き渡せ。

2 被告は、原告に対し、一五三三万六七三九円、及びこれに対する昭和五七年七月一日から支払いまで年六分の割合による金員を支払え。

3 被告は、別紙物件目録記載の土地について和歌山地方法務局昭和五七年六月一八日受付第二一四〇四号根抵当権設定登記の抹消登記手続きをせよ。

4 本訴訴訟費用は被告の負担とする。

5 右2について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の本訴請求を棄却する。

2 本訴訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴請求)

一  請求の趣旨

1 主文第三項と同旨

2 反訴訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 反訴訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴請求)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告は、綿及び毛の織立生地製造販売を業とするものである。

(二) 被告は、各種繊維製品、機械、鉄鋼、化学製品その他の商品の売買等を目的とする株式会社である。

2 連帯保証契約

原告は、被告に対し、昭和五一年七月二日、次のとおりの約定で、株式会社丸慶商店(以下「丸慶商店」と言う。)の被告に対する債務について連帯して保証する旨約した(以下この契約を「本件連帯保証契約」と言う。)。

(一) 主たる債務 丸慶商店が被告に対して現在及び将来負担する商品代金、手形金、借入金、前受金、損害金、その他商取引に関連して生ずる一切の債務

(二) 極度額 一億五〇〇〇万円

(三) 期間 主たる債務は、昭和五二年六月三〇日までに発生したものとする。ただし、期間満了の三か月前までに債務者と連署による文書をもって別段の意思表示をしない限り、期間をさらに一年間延長するものとし、以後これを繰り返すものとする。

3 約束手形及び小切手の振出・交付

原告は、昭和五七年六月一七日、丸慶商店の被告に対する別紙売買契約目録記載の売買代金残債務合計一億四七三三万六七三九円について、本件連帯保証契約に基づく保証債務の支払いのため、別紙約束手形目録記載の約束手形三三通合計金額一億三二〇〇万円(以下「本件約束手形」と言う。)及び別紙小切手目録記載の小切手一通金額一五三三万六七三九円(以下「本件小切手」と言う。)を振り出し、被告に対し、これを交付した。

4 約束手形の所持・小切手の支払い

(一) 被告は、本件約束手形を所持している。

(二) 被告は、本件小切手債務の弁済として、一五三三万六七三九円の支払いを受けた。

5 架空売買

別紙売買契約目録記載の代金債権のうち、1ないし4、6ないし8、13ないし15、23、25及び26の、被告と丸慶商店との間の綿布等織物の売買契約(被告が第一織布株式会社(以下「第一織布」と言う。)から仕入れた分、代金額合計一億〇四五一万四六四〇円)は、次のとおり、売買商品が存在せず、その引渡しもされていない架空売買であって、その売買代金債権は、原告が保証した商品代金債権に含まれない。

(一) 第一織布と被告と丸慶商店との間で、昭和五七年四月二七日まで、合計一六六口の現物の存在しない架空の商品売買がなされていた。すなわち、帳簿上は、被告が、丸慶商店に対し、第一織布から買った綿布等を転売し、さらに、丸慶商店が、第一織布に対し、これを売り戻したことにされているが、右の三者の間には、商品の引渡しはなかった。

(二) 右の三者の間の架空の商品売買の方法は、以下のとおりである。第一織布が、丸慶商店代表取締役三宅幸雄(以下「三宅」と言う。)の依頼により、現物出荷の裏付けのない被告宛ての出荷案内書、請求書及び商品代金領収書を作成し、これを三宅に手渡し、三宅は、これとともに、丸慶商店発行の被告宛ての荷物受領書を作成して、被告に対して交付し、これに対して、被告は、第一織布を受取人とする約束手形を振り出して、これを三宅に交付し、三宅は、右手形を第一織布に持参して裏書きを受けていた。

(三) 右の架空売買の代金額は、それぞれ合計で、前記(一)の期間内に、被告と丸慶商店との間の分は八億二六九一万五一二〇円、丸慶商店と第一織布との間の分は八億一二四三万〇五六六円に上る。

(四) 被告の担当社員は、第一織布と被告と丸慶商店との間で右のような架空の商品売買がなされていることを知っていた。

6 錯誤

右5の架空の商品売買に基づく代金債権が、本件連帯保証契約の保証債務に含まれるとすれば、原告は、この点について誤信していた。右の錯誤は、法律行為の要素の錯誤である。

7 詐欺

(一) 被告の担当社員は、原告に対し、右5のとおりの架空売買であるにもかかわらず、このことを告げず実取引であるかのように欺き、原告をその旨誤信させたうえ、本件連帯保証契約を成立させた。

(二) 原告は、被告に対し、本訴訴状をもって、本件連帯保証契約を取り消す旨の意思表示をし、右訴状は昭和五八年五月六日被告に到達した。

8 信義則違反

本件連帯保証契約は、丸慶商店が昭和五一年五月ころ倒産の危機に陥ったところ、原告と被告双方が、協力して丸慶商店の経営体質を改善し、指導育成して支援する旨の合意のもとで、原告と被告との間で締結された。被告は、原告に対し、本件連帯保証契約の締結にあたって、被告と丸慶商店との間で架空の商品取引がなされることを説明すべきであるのにかかわらず、これを怠った。被告の原告に対する保証債務の履行請求は、右の保証契約締結の経緯からすれば、信義則に反し許されない。

9 相殺

(一) 丸慶商店は、被告に対し、昭和五一年一二月二四日から同五七年四月二七日までの合計一六六口の商品売買に基づいて、売買代金債務の支払いとして、合計四億九八六五万一五一〇円を支払った。

(二) 本訴請求原因5の事実のとおり、右(一)の売買は架空のものであるから、丸慶商店は、被告に対し、右の売買代金支払債務を負っていなかった。

(三) 原告は、被告に対し、昭和六三年七月一八日の本件口頭弁論期日において、右丸慶商店の被告に対する売買代金の不当利得返還請求権をもって、被告の別紙売買契約目録記載の売買代金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

10 土地の所有

原告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」と言う。)を所有している。

11 根抵当権設定登記の存在

本件土地について、次のとおり、和歌山地方法務局昭和五七年六月一八日受付第二一四〇四号根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記」と言う。)がなされている。

(一) 原因 昭和五七年六月一七日設定

(二) 極度額 一億三二〇〇万円

(三) 債権の範囲 売買取引・売買委託取引・輸出入業務委託取引・請負取引・物品加工委託取引・賃貸借取引・消費貸借取引・使用貸借取引・寄託取引・運送取引・保証取引・保証委託取引・立替払委託取引・手形債権・小切手債権

(四) 債務者 原告

(五) 根抵当権者 被告

よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、約束手形の引渡し、並びに不当利得金一五三三万六七三九円、及びこれに対する小切手の振出日の翌日である昭和五七年七月一日から支払いまで商事法廷利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、所有権に基づき、根抵当権設定登記の抹消登記手続きを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし4の各事実は認める。

2 同5の事実は否認する。

3 同6の事実は否認する。

4 同7(一)の事実は否認する。

被告は、丸慶商店倒産後の昭和五七年六月二八日まで、商品の引渡しのない「から取引」であることを知らなかった。

5 同8の事実は否認する。

(一) 原告は、被告に対し、本件連帯保証契約締結前である昭和五〇年四月二五日、被告の丸慶商店に対する債権について連帯保証をしていた。被告は、昭和五一年当時、原告から債権を回収して、丸慶商店との間の取引を終了しても差し支えなかったが、丸慶商店から取引継続の強い要望があり、資産家である原告が連帯保証するというので、本件連帯保証契約を締結して取引を継続したものである。

(二) 原告は、丸慶商店が設立された昭和三〇年当時から同五七年まで、丸慶商店の監査役であった。原告は、監査役として、丸慶商店の「から取引」を防止すべきであった。

6 同9(二)の事実は否認する。

7 同10及び11の各事実は認める。

三  抗弁

1 売買契約・引渡し

(一) 被告は、丸慶商店に対し、別紙売買契約目録のとおり、商品を売ってこれを引き渡した。

(二) 被告の丸慶商店に対する右売買契約に基づく売買代金債権の残額は、別紙売買契約目録のとおり、合計一億四七三三万六七三九円である。

(三)(1) 被告が、原告に対し、第一織布から買った商品を転売する取引方法は、以下のとおりであった。

被告は、被告と丸慶商店との間で商品、数量及び代金を取り決める際、丸慶商店から商品の引渡場所の指定を受け、被告が、第一織布に対し、右商品の買い注文をする際、右引渡場所を指定して、商品を指定の引渡場所に直接送付させる。代金の決済は、被告が、第一織布から出荷案内書及び丸慶商店から荷物受領書の交付を受けて、商品の引渡しを確認したうえ、第一織布に対し代金を約束手形で支払うとともに、丸慶商店から代金の支払いのため約束手形を受け取っていた。

(2) 被告は、丸慶商店倒産後の昭和五七年六月二八日まで、右の取引が商品の現実の引渡しのない「から取引」であることを知らなかった。

(3) 右の取引が商品の現実の引渡しのない「から取引」だとしても、被告は、そのことを知らずに、出荷案内書及び荷物受領書の交付を受けて、第一織布に対し代金を支払ったのであるから、被告と丸慶商店との間の売買契約は有効に成立している。

(4) いわゆる「から取引」の場合において、買主である丸慶商店が貨物受領書を交付するなどして商品が引渡されたかのような態度を示し、売主である被告をして仕入先である第一織布に対し代金を支払わせたときには、丸慶商店は、信義則上、被告に対し商品の引渡しがないことを理由に売買契約を解除することはできない。

2 根抵当権設定契約・根抵当権設定登記手続きの委任

(一) 原告は、被告との間で、昭和五七年六月一七日、本件土地について、被告の原告に対する本件連帯保証契約に基づく保証債権を被担保債権とする極度額一億三二〇〇万円の根抵当権を設定する旨約した(以下この契約を「本件根抵当権設定契約」と言う。)。

(二) 原告は、被告に対し、本件根抵当権設定契約締結の際、登記委任状及び印鑑証明書を交付して、本件根抵当権設定契約に基づく根抵当権設定登記手続きを委任した。被告は、同年六月一八日、右委任に基づき、本件根抵当権設定登記手続きをした。

四  抗弁に対する認否

抗弁2(一)、(二)の各事実は否認する。

原告は、被告との間で、昭和五七年六月一七日、覚書を作成し、その際、登記委任状及び印鑑証明書を交付したが、根抵当権設定契約は、右覚書に基づき、正式に和文タイプし押印して公正証書を作成した時点で成立させる趣旨であって、右六月一七日の時点ではいまだ成立していなかった。右覚書は案文にすぎず、登記委任状及び印鑑証明書は、後に契約が成立したときに使用するため前渡したものである。

(反訴請求)

一  請求原因

1 当事者

本訴請求の請求原因1の事実のとおり。

2 連帯保証契約

本訴請求の請求原因2の事実のとおり。

3 売買契約・引渡し

本訴請求の抗弁1の事実のとおり。

よって、被告は、原告に対し、連帯保証契約に基づき、残売買代金一億四七三三万六七三九円について、すでに保証債務の弁済として受領した小切手金一五三三万六七三九円を控除した残保証金一億三二〇〇万円、及びこれに対する商品引渡し後でありかつ訴状送達の日の翌日である昭和五八年一二月一〇日から支払いまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の各事実は認める。

2 同3の事実の認否は、本訴請求原因5のとおり。

三  抗弁

1 錯誤

本訴請求原因6の事実のとおり。

2 詐欺

本訴請求原因7の事実のとおり。

3 信義則違反

本訴請求原因8の事実のとおり。

4 相殺

本訴請求原因9の事実のとおり。

四  抗弁に対する認否

本訴請求の請求原因に対する認否のとおり。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求のうち不当利得返還請求及び反訴請求について

一  本訴請求原因1・反訴請求原因1(当事者)、同各2(連帯保証契約)、本訴請求原因3(約束手形及び小切手の振出・交付)及び同4(約束手形の所持・小切手の支払い)の各事実は、当事者間に争いはない。

二  本訴請求原因5(架空売買)及び同抗弁1・反訴請求原因3(売買契約・引渡し)について

1  別紙売買契約目録記載の5、9ないし12、16ないし22、24及び27ないし33の、被告と丸慶商店との間の各売買契約及び各商品の引渡しの事実は、《証拠省略》によって認められる。

2  別紙売買契約目録記載の1ないし4、6ないし8、13ないし15、23、25及び26の、被告と丸慶商店との間の、被告が第一織布から買った綿布等の織物の各売買契約(以下「本件売買契約」と言う。)及び各引渡しについて、以下に判断する

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 丸慶商店代表取締役三宅は、被告に対し、昭和五一年ころ、丸慶商店が第一織布から綿布等の織物を仕入れるについて、被告が第一織布と丸慶商店との間に介入して取引することを依頼した。これを承けて、被告は、第一織布及び丸慶商店との間で、丸慶商店への綿布等の引渡しは第一織布が丸慶商店の指定する場所に直接に送付してすることとして、同年一二月ころ、被告が第一織布から買った綿布等を丸慶商店に転売する継続的供給取引を開始し、同五七年五月ころまで、右取引を継続した(以下「本件継続的供給取引」と言う。)。

(2) 本件売買契約を含む本件継続的供給取引の実行方法は、以下のとおりにされていた。

被告が、第一織布から出荷案内書及び請求書、並びに丸慶商店から物品受領書の交付を受け、これらに基づいて、商品名、数量及び代金額等を記載した売約証及び買約証兼貨物受領書と題する書面を作成し、第一織布に対し右売約証、及び丸慶商店に対し右買約証兼貨物受領書をそれぞれ送付し、第一織布及び丸慶商店が、右各書面に記名押印してこれを返送し、被告が、これらの書面によって綿布等の引渡しを確認したうえ、代金の支払いのため、第一織布に対し約束手形を振出交付し、丸慶商店から約束手形を受け取っていた。

(3) 本件売買契約を含む本件継続的供給取引においては、いずれも、出荷案内書、物品受領書、売約証及び買約証兼貨物受領書によれば、丸慶商店の指定した壺井運輸倉庫において、第一織布が丸慶商店に対して綿布等を引渡した旨記載されているが、現実に右綿布等の引渡しがなされたことはなかった。

すなわち、第一織布の代表取締役奥野茂(以下「奥野」と言う。)は、三宅に依頼されて、実際に綿布等を出荷したことはないにもかかわらず、渡し先を壺井運輸倉庫と記載した被告宛ての出荷案内書及び請求書を作成し、これらの書面を丸慶商店に交付し、丸慶商店は、壺井運輸倉庫において綿布等を受領した旨の被告宛ての物品受領書を作成して、右出荷案内書、請求書及び物品受領書を被告に交付していた。奥野は、被告から送付された売約証に記名押印して丸慶商店に交付し、丸慶商店は、この書面とともに、綿布等を買い受けて受領した旨三宅が記名押印した買約証兼貨物受領書を被告に交付し、その後、奥野作成の領収書を持参して、被告から約束手形を受け取って、奥野から右約束手形の裏書譲渡を受け、支払いを受けていた。しかしながら、第一織布から壺井運輸倉庫に綿布等が出荷され、丸慶商店がこれを受領したことは全くなかった。

(4) 三宅は、丸慶商店の帳簿上、本件継続的供給契約によって被告から買った綿布等を第一織布に受領と同じ日に売り戻した旨記載していたが、丸慶商店と第一織布との間で右綿布等の売買について契約書、請求書及び領収書等の書面が作成されたことはなかった。

(5) 被告の本件継続的供給取引の担当者らは、取引の継続中は、第一織布の出荷案内書及び丸慶商店の貨物受領書があるところより、これら商品の現実の引渡しがあるものと信じていたが、昭和五七年六月二八日ころ、原告との間で本件売買契約に基づく代金債権の有無について交渉した際、実際に第一織布から丸慶商店宛に綿布等が入庫されているか否について壺井運輸倉庫に問い合せた結果、初めて、本件継続的供給取引に基づく綿布等の引渡しが全くなかったことを知った。

(6) 被告と第一織布との間の綿布等の本件売買契約も右(1)ないし(5)の方法で締結、履行され、被告はその代金債務の支払いのため、第一織布を受取人として振り出した各約束手形をいずれも支払った。

なお、右認定(5)の点について、証人三宅幸雄は、被告の担当者らは右事実を知っていたと思う旨証言している。しかしながら、右証言は、その根拠についてあいまいであって具体的な内容を欠いているし、他方、右(2)及び(3)の事実、証人奥野茂の、被告の担当者らが右事実を知っていたかどうかわからない旨の証言、証人中道勝、同後藤昌彦、同山内晴彦及び同森雅彦の、第一織布から丸慶商店に対し綿布等が引渡されているものと信じていた旨の各証言、並びに原告本人の、被告の担当者らは右の壺井運輸倉庫に問い合せによって初めて右事実を知ったような様子であった旨の供述に照らすと、証人三宅幸雄の右証言はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 本件売買契約の成立及び効力について

本件継続的供給取引は、第一織布と丸慶商店との間で予め取り決めた商品について、被告が第一織布から買ってただちにこれを丸慶商店に転売するというものであって、商品の引渡しは、被告を介することなく直接に第一綿布から丸慶商店になされるものであり、被告は、商品の現実の受領や引渡しに自ら関与することはなく、第一織布及び丸慶商店との間で書類の授受及び売買代金の決済をするだけにすぎない。このように、本件継続的供給取引は、経済的な実質においては、主に、被告が第一織布及び丸慶商店に対し金融の便宜を供与することを目的としているものと解されるが、法的な形式においては、第一織布と被告との間及び被告と丸慶商店との間でそれぞれ売買契約が締結されているものとするのが相当である。本件売買契約は、本件継続的供給取引の一環として締結されたものであって、被告と丸慶商店との間で買約証も取り交わされているのであるから、商品の引渡しが右(一)(2)の方法でされることを予定したとしても、売買契約としては成立しているものといわなければならない。

ところで、本件継続的供給取引においては、当初の約定のとおりに第一織布から丸慶商店に商品が引渡されたことは全くなく、丸慶商店は、商品を受領したことがないにもかかわらず、買約証及び貨物受領書を被告に交付していたというのであるから、丸慶商店は、被告に対し、綿布等を買ってその所有権を取得する意思がないのに、そのことを告げずに本件売買契約を締結する旨の申し込みの意思表示をしていたものといわなければならない。しかしながら、被告は、第一織布の出荷案内書及び丸慶商店の貨物受領書によって商品の引渡しを確認して、商品の引き渡しがあるものと信じていたのである。したがって、被告は、丸慶商店が売買の意思のないことを知らなかったし、このことを知らなかったことについて過失があったものとは認められず、本件売買契約は、民法九三条但し書きによっても無効なものとはいえないし、その他に無効原因について主張立証はない。

(三) 代金債権の請求について

右のとおり、本件継続的供給取引においては、丸慶商店が第一織布から商品を受領したことは全くない。しかしながら、丸慶商店は、このことを知りながら被告に貨物受領書を交付し、被告は、右の貨物受領書と第一織布の出荷案内書を照し合せて、商品の引渡しを確認し、第一織布に対し代金支払いのため約束手形を振出交付したというのである。被告は、丸慶商店の商品を受領した旨の表示を信頼してこれに基づいて経済的出捐をしたのであるから、このような場合には、丸慶商店は、被告に対し、前の表示を翻し、商品の引渡しがない旨のこれと矛盾する内容の主張することは信義則上許されない。したがって、丸慶商店は、被告に対し、商品の引渡しがないことを理由に同時履行の抗弁権を主張するなどして、本件売買契約に基づく代金債務及び遅延損害金の支払いを拒絶することはできない。

(四) 保証債務の範囲について

ところで、買主である主たる債務者が、売主である債権者に対し商品の引渡しがないことを主張することが信義則上許されず、代金支払債務及び遅延損害金支払債務を免れない場合においても、丸慶商店の原告に対する債務は、商品売買代金としての性質を失わず、これは本件連帯保証契約にいう「商品代金」に該当するから、丸慶商店の被告に対する本件売買契約に基づく代金債務及び遅延損害金支払債務は、本件連帯保証契約に基づく原告の保証債務に含まれるものである。さらに、主たる債務者が、債権者に対し、商品の引渡しのないことを主張することが信義則上許されない結果、保証人もまた、債権者に対し、右の主張をすることができなくなるものといわなければならない。

三  本訴請求原因6・反訴抗弁2(錯誤)について

本件売買契約に基づく代金債務が原告の保証債務の範囲に含まれることは、右二に判断したとおりであるところ、現実に行われた丸慶商店、被告間の売買に前記認定のような特殊な点があり、この点は保証人である原告の予測しないところであったとしても、そのために本件連帯保証契約が、要素の錯誤により無効となるものとはいえない。

四  本訴請求原因7・反訴抗弁2(詐欺)について

被告の担当者らが、本件連帯保証契約締結の際、本件継続的供給取引が商品の引渡しを伴わないものであることを知らなかったことは、前記二2(一)(5)に認定したとおりであるから、原告の詐欺の主張は理由がない。

五  本訴請求原因8・反訴抗弁3(信義則違反)について

前記二2(一)に認定のとおり、被告の担当者らは、昭和五七年六月二八日ころまで、本件継続的供給取引に基づく商品の引渡しがなかったことを知らずに、出荷案内書及び貨物受領書によって商品の引渡しを確認して、買い先である第一織布に対して売買代金を支払っていたことからすれば、被告において、商品の引渡しのないことを疑わせる状況があったのに右事実を実際に確認することを怠ったなどの事情のない限り、被告の原告に対する保証債務の履行請求が信義則に反して許されないものということはできず、右のような事情の主張立証はない以上、原告の信義則違反の主張は失当である。

六  本訴請求原因9・反訴抗弁4(相殺)について

請求原因9(一)の売買及び代金支払いの事実は、被告において明らかに争わないから自白したものとみなされるが、本件継続的取引における一連の売買契約が有効であることは、前記判断のとおりであり、右売買も時期からすると本件継続的取引の一部と推認されるから、右売買契約が無効であることを前提とする原告の相殺の主張は理由がない。

七  したがって、被告の本件手形の所持及び本件小切手金の受領は、原告に対する保証債権に基づくものであって、法律上の原因があり、相殺の抗弁は理由がないから、原告は、被告に対し、本件約束手形及び本件小切手金の返還を請求することはできない。また、原告は、被告に対し、本件連帯保証契約に基づき、残保証金一億三二〇〇万円、及びこれに対する商品の引渡し後でありかつ反訴状送達の日の翌日である昭和五八年一二月一〇日から支払いまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二本訴請求のうち根抵当権設定登記抹消登記手続き請求について

一  請求原因10(土地の所有)及び同11(根抵当権設定登記の存在)の事実は当事者間に争いはない。

二  抗弁2(根抵当権設定契約・根抵当権設定登記手続きの委任)について

1  《証拠省略》によれば、丸慶商店が昭和五七年五月一〇日に倒産したこと、原告は、被告との間で、昭和五七年六月一七日、本件連帯保証契約に基づく保証債務の履行について、支払額は一億四七三三万六七三九円であって、支払方法は小切手及び約束手形で分割して支払うこととし、原告は被告に対し右保証債務の担保として本件不動産に極度額一億三二〇〇万円の根抵当権を設定する旨の覚書を作成してこれに署名押印したこと、原告は、被告に対し、右覚書作成の際、保証債務の支払いのため本件小切手及び約束手形を振出交付するとともに、根抵当権設定登記手続きに必要な委任状等の書類を交付したことがそれぞれ認められる。

右に認定した事実によれば、原告と被告との間で本件根抵当権設定契約が締結されたこと、及び原告が被告に対し根抵当権設定登記手続きを委任し、被告は右委任に基づき本件根抵当権設定登記手続きをしたことをそれぞれ推認することができる。

2  なお、この点について、原告本人は、右覚書は原稿であって、原告は被告に対しいまだ本件土地に根抵当権を設定したものではなく、後に、原告が被告との間で右覚書の内容に沿った正式の書面に署名押印することによって、本件根抵当権設定契約を成立させる意図であった旨供述している。

さらに、《証拠省略》によれば、右覚書は、その末尾に、「本覚書ハ6月18日(金)正式ニ和文タイプシ調印後、公正証書トスル」と記載されていること、及び被告は、原告に対し、同年六月三〇日、右覚書の内容をタイプした書面に署名押印するよう求めたが、原告は、保証債務の存在しないことを主張してこれを拒絶したことがそれぞれ認められる。

しかしながら、右1に認定のとおり、原告が、被告に対し、右覚書作成の際、保証債務の支払いのため本件小切手及び本件約束手形を振出交付し、根抵当権設定登記手続きに必要な委任状等の書類を交付したことからすれば、経験則上、右覚書の作成でもって、原告は被告との間ですでに根抵当権設定契約を確定的に締結する意思を有していたものであって、後の公正証書の作成は、原告と被告との間ですでに成立した右覚書の合意の内容に関する証拠とする趣旨であるものと考えられる。したがって、原告本人の右供述は信用できず、他に右1の認定を覆すに足りる証拠はない。

三  ところで、本件根抵当権設定登記は、右二に認定したとおり、本件根抵当権設定契約に基づく根抵当権と、権利が根抵当権であること、原因、極度額、債務者及び根抵当権者について一致している。しかしながら、債権の範囲については、登記簿上は、「売買取引・売買委託取引・輸出入業務委託取引・請負取引・物品加工委託取引・賃貸借取引・消費貸借取引・使用貸借取引・寄託取引・運送取引・保証取引・保証委託取引・立替払委託取引・手形債権・小切手債権」と記載されているものの、本件根抵当権設定契約によれば、本件連帯保証契約に基づく連帯債権を被担保債権としていたものである。このように、本件根抵当権設定登記は、債権の範囲について、実体上の権利関係と正確には一致していないが、本件連帯保証契約は右登記にいう「保証取引」に含まれるものと解されるから、なおも実体上の権利関係と同一性を失わず、右登記は有効なものといわなければならない。そして、原告は、被告に対し、右の不一致については、債権の範囲を保証取引とする更正登記手続きを請求することができるところ、右の更正手続請求は、右登記の抹消登記手続請求の一部としてこれに含まれているものと解することができる。

したがって、原告が、被告に対し、本件連帯保証契約に基づき保証債務を負っていることは前記第一に述べたとおりであるから、原告は、本件根抵当権設定登記全部の抹消登記手続きを請求することはできないが、被告に対し、本件根抵当権設定登記を錯誤を原因として債権の範囲を保証取引とする更正登記手続きを請求することができる。

第三結論

よって、本訴請求のうち、更正登記手続請求を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用について民訴法八九条、九二条但し書きを、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 加登屋健治 芦髙源)

〈以下省略〉

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